2016年08月22日

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎1

編集部からもう1つ書けとの仰せ。
今回は、本校出身の先輩、
詩人・嵯峨信之氏を紹介したい。

本名は大草実。
1997年に95歳で死去された。
宮中時代、軍事教練の教官と衝突、放校処分。
卒業はされていないので、
卒業生名簿には記載されていないかと思われるが、
生粋の宮崎生まれ、宮崎育ち。
宮中つまり私たちの大宮高校に在籍された先輩である。
宮崎を舞台とした珠玉の詩集を数多く残されている。


私は40代で詩作を開始したが、
初めて訪ねたのが、当時
この嵯峨信之氏が新宿で
開いておられた「詩学セミナー」

それぞれが持ち寄った自作詩編を
嵯峨氏ほか3人の講師が批評をいうもので、
私はサンザクサされて不快この上もなかったが、
月謝が¥500だったか超安価であったので、
ぐっと我慢で通い続け、ついには
嵯峨氏とは昵懇の喧嘩友達となってしまった。

極めて高名かつ「人格者」の氏をいじめるとあって
私も悪い評判をとってしまったのだが、
意外にも様々の接点もみつかり、驚いた。

たとえば宮中時代の氏の親友、長峰敬七氏が
同級、長峰由佑氏の叔父に当たる方であったり……とかだ。



初恋         嵯峨信之

――好きよといって
ぼくの小さな肩にやさしく顔をしずめた
<女は十六才、ぼくは十五才だった>

その夜台風と大津波に襲われてなにもかも一瞬に消え失せてしまった
砂村の家も小さな恋も時のすべても

夜半三九度の発熱にひとり耐えている
湖の上を
水鳥の群れが音もなく舞い下りはげしく羽搏いて舞い上がったり
している
どこかへフルートの音が消えていく

ラジオのスイッチを切る
不眠のままいつしか外が明るくなっている
七十年――白い水脈のように時の一すじがつづく




これは嵯峨信之氏の
最後の詩集「小詩無辺」から。

15歳と16歳の嵐の一夜を活写、見事な詩編だろう。

結婚歴3回、
華やかな氏の女性遍歴の初陣を垣間見る1編でもある。
15歳だから、まだ宮中放校処分の前、
この彼女は宮崎の人か?
まさにセンダンは双葉よりカンバシと期待したいところだが、
その点では、ガックリくる。
女性遍歴を扱ったものは、これ以外はゼロなのだ。



posted by あがわい at 21:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする