2016年08月24日

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎5

「現代詩」は難解と言われる。
よほどに感性の研ぎ澄まされた人、
あるいは学殖豊かなし知性がなければ
読み解けなくなってしまった。

また、そういう詩でなければ、
良い詩、優れた詩とは見なされなくなってしまった。
でもこれはひょっとして「嘘」のせいではないか?
「難解」は嵯峨信之に言う「嘘の傘」ではないか?

真実の自分、実際の自分は、
なんとも無様な生き物、
情けない魂いしか持たないもの、
人前に出せたものではない。

それを隠蔽しようとして、
そういう自身を守ろうとして、
幾重にも嘘を塗り固めて……
こうして、いつか事実からは離れ、
事実からもほど遠くなり、
かくして元々の中身がなんだったのか
分からなくなってしまった、
解きがたい難解なものになってしまった。
……こういうナリユキではなかったのか?


文学の目的として、
真実追求のため、
あるいは本当の自分を探すため文学をする、
こう言う人が多い。
だが本当の自分など、誰だって知っているもの、
知らないはずがない。
真実も同じ、よくよく知っているのだ。

何とも無能でしょうもない自分を、
いまさら探してどうなるものでもない。
八方塞がり、どうみても未来の閉ざされたままに、
真実を追求したところで、今更運命が開けるはずがない。

自身とは異質の「嘘」の自分を
つくりだそうというのではないか?
あるいは事実とは違う嘘の現実を
新たに作り出そうとしいているのではないか?

そこで輝かしく、
あるいは美しく健やかに、
羽ばたこうというのではないか?

このように嘘は重宝なものである。
日常に便宜と幸福をも呼び込んだりもする。
こうしていつの間にか嘘は膨張し、
拡大して、知らぬ間に私たちの多くにしみ入って、
嘘が多勢を占めるようになってしまったりする。

多勢の「嘘」は、ひたすら自身を膨張、
そうでないもの、嘘ではないものを、
大手を振って見下して、
追い詰め、排除してていく……

たまの嘘はいい。
だが、嘘が真実、事実を
排撃するまでに強力となると、どうなるのか?

これは厄介だ。
どう見ても見良いものではない。
いい歳こいで今更お手て洗っても、
さんざ汚れてしまったお手ては奇麗にはなれない。
ド汚い手を振りかざしてチンとお澄まし、
きれいごとを言うなんて、笑いものにしかなれないだろう。

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人格者

私は人格者というものを信じない。
そういう性向は元々人という
種族にはあり得ないものである。
「人格者」とは、非科学的、無知蒙昧、
鈍感が生み出した恥知らずの妄想でしかないだろう。

私たちは皆、あの悪賢く小汚い猿の末裔である。
この事実は動かない。真実は変えられない。
血も争えない。
一皮めくれば、すぐこのエテ公が首を出す。
嘘で隠しても無駄、
バカバカしい努力はすべきではないと思う。


嵯峨氏は私の恩師である。
特に私生活では要所要所、
かけがえのない忠告と指導をいただいてきた。
氏の忠告に従って危機を脱したことさえある。

私の諸々の論を愛読いただき、
特にエッセイ集「不まじめな神々」には、
きわめて感動され、
延々便せん10枚の感想をいただいた。

それながらさりながら今になって、
ペラペラペラペラと恩知らずなことばかり、
何をほざくかと、さぞやあの世でお怒りと思うが、
しかし私たち、嵯峨氏と私は、
こういう形でせっせと往来して来たのである。

それが嵯峨氏と私との形であった。
嵯峨氏も親友阿賀猥に再会、
怒りながらも満足のはずである。



posted by あがわい at 23:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎4

ところでお手て手洗って嵯峨信之、
さて何が残ったのか?

「嘘」である。

人格者という「嘘」、
それだけが残ったのだ。
以下は最後の絶筆「小詩無辺」の冒頭を飾る一遍。





井戸端に咲き乱れている山吹の花に
太陽が火を放つ
だれの嘘よりも
もっと見事な黄金色の大きな嘘のように




医学でも科学でも嘘は禁物である。
何より真実事実を優先する、
そうでなければ患者は死んでしまうし、
工場は爆発してしまう。
嘘は厳禁中の厳禁である。

だが嵯峨信之は違う、
詩は嘘、嘘でいいとしておられた。
いや、詩こそは嘘を書くべき、と
しておられたのではないか?

キンキラキンの輝く太陽のような
大嘘を作って真実を隠してしまえと、
そう書いておられるではないか!?
この他にもう1つ「嘘」に触れた詩がある



嘘の傘

どこまでいっても1つの言葉にたどりつけない
言葉は人間からはなれたがる

水のような
こうもりの翼のような言葉は
魂いにさしかけている嘘の傘ではないか




「嘘」を書いた二つめの詩。
小さな詩集の中に2つもの「嘘」である。
これほど嘘に固執した詩人はいないのではないか?
これほどまじめに「嘘」に人生を
賭けた男もいないのではないか?

氏はひたすら「嘘」を書かれたのか。
そのひたすらの嘘で、自身のか弱い
「魂い」を守ろうとされたのだろうか。

氏はその詩の静謐と清明で
大量の読者を持つ大家である、
延々と詩誌「詩学」を発行、
戦後日本詩壇を牽引してきた方である。

多くの詩人が直接間接に
嵯峨詩編の傘のなかで詩を書いている。
つまり「嘘」をその内部に隠し持つ。

なるほど見事な詩編が多い。
嵯峨氏のように人格者風で、
しかも嵯峨氏のように
誰彼に嫌われないよう、用心深い詩が多い。

私に言わせれば、これはひたすらの嘘。
ただの嘘、嘘だらけである。
もし嘘でなければ、どうなるのか?
こと、詩の世界では、たちまち失格となる。
つまりこの世界、嘘でないものは、失格するのである。



posted by あがわい at 22:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎3

さて、問題は嵯峨詩篇のひたすら誠実、
しずやかなる温順である、
どこでこの「悪」、つまりは「平和の悪」に繋がるのか。
どこで反軍部、無頼の日々につながるのか?

嵯峨氏と新宿、横断歩道を渡っている、
ちょうど中程で、その話になった。

「まあ、3回も奥さんをとっ替えるなんて放蕩、
 私の親戚には一人もおりませんよ。
 私のような真面目一方の人間を前に、
 よくもまあヌケヌケと大きな顔をさらせますね」

と言ったのに反発、真っ赤になって
なにやら叫ばれ唸り出されて、
場所が場所だけに車の行列、
とんでもないことになってしまった。

離婚はそうそう簡単には行かないはずだ。
「ああそうですか、ではあなた出て行きますか。
 引っ越しはヤマト便にしますか、それともアリさんマーク?」
とかこう手早くは進まない。

「このやろう。バカやろう」
「何を、このスケベジジイ」と皿投げたり、
茶碗、割ったり……の一悶着二悶着があったはず。
なぜ、嵯峨詩編にはそれが登場しないのか?


『詩と思想』の討論で
東映社長岡田裕介を招いて、
嵯峨氏と中本道代氏など女性詩人とで、
映画のあれこれを喋り合ったことがある。
一心不乱、ガンガンに喋りまくったのは嵯峨氏。

嵯峨氏の話はマーロン・ブランドの背徳映画、
「ラスト・タンゴ・イン・パリ」、それ一本。
よほど気に入られたのだろう。こればっか。

若い娘と年寄り男の性愛専科。
二人しか出てこない。
一切悩まず、ひたすら背徳専科、性愛オンリー。
他はゼロ。ベルトリッチ監督の異色作品だ。

一切悩まず……というあたりは、まさに谷崎流。
そうか、久方ぶりに谷崎兄貴に再会されたんだな
と思ったのだが、結局はこれで盛り上がって、
討論は背徳一色、楽しくにぎやかに終了した。

ところが、である。
いよいよ編集完了、
雑誌出来上がりで、開けてみて驚いた。
すっかり背徳が抜けていたのだ。

「ラスト・タンゴ・イン・パリ」の
「ラ」の字一つ出て来ないのだ。
討論掲載というのいったん逐一抜かさず記録したものを、
発言者がそれぞれに点検補正するのだが、
嵯峨信之氏、自身の発言から背徳関連の
一切を抜いてしまったのだ。

つまり発言のあらかた抜いてしまったのだ。
となると、会話の相手の方の発言も、
全部カット抹殺されてしまう。
誠に迷惑な話なのだ。

かくて皆してお手て洗って行儀良く……となったわけだが、
小学生ならともかく、
妙齢の大人がこれをやって見良いものではない。
バカバカしいまでの腑抜け紙面に驚いてしまった。
まことに人格者とは困ったもの、と
つくづく思い知った一幕であった。





posted by あがわい at 22:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎2

95歳、死の直前まで詩人としても
また詩集出版社「詩学」の
経営者としても辣腕を揮った方、
様々な逸話が沢山の方々に語られているが、
今回は誰にも語られていない、
自身も決して漏らされることのなかった
氏の女性遍歴の1コマを、書いておきたい。

というのも
あまりにたびたびその話をされたからだ。
書き残して欲しいということでもあったのではないか?
放校処分を受けて氏は上京され、
芝の高輪高等学校に転入されたが、ここも中退。
21歳で当時は発足間もない文藝春秋社に入社、
菊池寛に従って若手作家の育成に驀進された。

「これからは宣伝の時代だ。
 ガンガン写真をとって
 まずお前たちを有名にしたい」
 
菊池寛が、ある日、集まった新進作家たちの前に、
カメラマンを引き連れてきて、こうのたまうと、
芥川竜之介が興奮、突然下駄のままで
近くの松の木に、駆け上って
「さあ、撮れ、今、俺をとれ!」と叫んだ………。

菊池寛と打って一丸となって進んだ
当時の勇ましい文人たちの話も面白いが、
なんといっても傑作は嵯峨氏の兄貴分、谷崎潤一郎。
谷崎とのなんとも不可解、
奇妙かつ驚くべき背徳話も披露しておきたい。


時は大東亜戦争ただ一色。
皆マジメに銃後の守りに専心していた頃の話。
谷崎とその一派は、マジメになるどころか、
夜の町に繰り出し、まさに無頼の集団として、
フマジメに精出していたのはつとに名高いが、
その仲間の一人が嵯峨信之氏。
夜な夜なのある一夜、彼に潤一郎が頼み込んだ。

「もう何日も家に帰っていない。
 今日も帰れない、かわりに君、
 俺の家に行ってきてくれないか?
 当人には前々から言ってあるので、大丈夫だ」

深夜、嵯峨信之、
何はともあれ、谷崎家にはいると
お膳に夕飯も置いて、箸まで添えてある。

ひとます食事を終えて、さてどこに寝るのか?
と隣室を開けると、蚊帳が一つ吊ってあって、
さあ、寝て下さいとばかりに、布団も敷いてある。

で、これ幸いに寝入った……となりそうだが、
そうは簡単ではなかった。

蚊帳の中には、もう一組の布団があり、
夫人が眠っておられたのだ。
「これはいったいどういうことなのか?」
おまえの嫁にどうか、とうことなのか、
蚊帳の前で座り込んでしまった……。


それからどうなった?と
聞いて欲しいのかとも思ったが、
そうはさせじと何故か、私は知らんぷり。
その続きは知らないのだが、
道徳無視、良識常識は足下に蹴落とす
傲岸不遜の文人谷崎潤一郎の真骨頂、ここにあり、
と私は谷崎の方にいたく感心した。

目下は、世をあげて平和主義、
再軍備反対、軍人真っ平であるが、
なんだかんだとはいえ軍人は我が命を捨てても
国を守る正義の固まりである。
それを義務づけられている。
人に好かれないはずがない。

2・26事件にしろ、映画となると、
軍人側つまり若手将校たちは皆りりしく美形。
まさに善玉のカタマリとして描かれる。
逆に殺される側は年寄り。
それもいかにもパッとしない、
ちと悪っぽい俳優が登場する。
どう見ても悪玉である。

当時の平和主義、つまり谷崎、嵯峨らの反軍メンバー、
自由主義者たちはもこうだったのではないか?

軍人の逆。
ガリガリの強欲、反道徳、乱脈の性、家族崩壊……
悪しきことのモロモロとされていたのではなかったか?

平和は難しい。
じきにこうなってしまうが、おそらくは当時も同じ。
平和の言葉は良さげだが、中身はナカナカである。
突き進むと腐敗へと悪へと繋がってしまう。




posted by あがわい at 22:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎1

編集部からもう1つ書けとの仰せ。
今回は、本校出身の先輩、
詩人・嵯峨信之氏を紹介したい。

本名は大草実。
1997年に95歳で死去された。
宮中時代、軍事教練の教官と衝突、放校処分。
卒業はされていないので、
卒業生名簿には記載されていないかと思われるが、
生粋の宮崎生まれ、宮崎育ち。
宮中つまり私たちの大宮高校に在籍された先輩である。
宮崎を舞台とした珠玉の詩集を数多く残されている。


私は40代で詩作を開始したが、
初めて訪ねたのが、当時
この嵯峨信之氏が新宿で
開いておられた「詩学セミナー」

それぞれが持ち寄った自作詩編を
嵯峨氏ほか3人の講師が批評をいうもので、
私はサンザクサされて不快この上もなかったが、
月謝が¥500だったか超安価であったので、
ぐっと我慢で通い続け、ついには
嵯峨氏とは昵懇の喧嘩友達となってしまった。

極めて高名かつ「人格者」の氏をいじめるとあって
私も悪い評判をとってしまったのだが、
意外にも様々の接点もみつかり、驚いた。

たとえば宮中時代の氏の親友、長峰敬七氏が
同級、長峰由佑氏の叔父に当たる方であったり……とかだ。



初恋         嵯峨信之

――好きよといって
ぼくの小さな肩にやさしく顔をしずめた
<女は十六才、ぼくは十五才だった>

その夜台風と大津波に襲われてなにもかも一瞬に消え失せてしまった
砂村の家も小さな恋も時のすべても

夜半三九度の発熱にひとり耐えている
湖の上を
水鳥の群れが音もなく舞い下りはげしく羽搏いて舞い上がったり
している
どこかへフルートの音が消えていく

ラジオのスイッチを切る
不眠のままいつしか外が明るくなっている
七十年――白い水脈のように時の一すじがつづく




これは嵯峨信之氏の
最後の詩集「小詩無辺」から。

15歳と16歳の嵐の一夜を活写、見事な詩編だろう。

結婚歴3回、
華やかな氏の女性遍歴の初陣を垣間見る1編でもある。
15歳だから、まだ宮中放校処分の前、
この彼女は宮崎の人か?
まさにセンダンは双葉よりカンバシと期待したいところだが、
その点では、ガックリくる。
女性遍歴を扱ったものは、これ以外はゼロなのだ。



posted by あがわい at 21:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする