2019年04月09日

ずぼらな犬の育て方

ワン君たちは、なぜこんな不幸に見まわれたか?

ワン君たち、ただもう子供が好き、人が好き。
好きで好きでたまらなかったのではなかったのか?
騙されてもいい、殺されてもいいそういう境地であったのではないか?
誰とも言わず、いつの間にか人に寄り添って、
ただもうそれだけで、
みちたりて……
これで幸せ……
という顔をしていた。
2019-4-9ずぼら犬A.jpg

子供たちが小さな時は、まず庭の中だけ、
庭から出る能力もないのだが、
4、5歳ともなると
一緒にちょいちょいチョコチョコお出かけ、
子供がはぐれたら、
ついにはあちこち町中を漫遊して暮らすようになった……
はっと気がついた時には、
どこへ行ったやら、庭には姿形も見えない……。


1月元旦、
近所で晴れ着を着込んで
さあお宮参りに出かけようとしたら、戸が開かない。
こりゃ大雪と思ったら、
なんと我が家のマーサが
そのお宅の玄関先で、熟睡してたそうだ。

ついで、そのお宅で記念写真を撮ったら、
なぜか寝坊助のマーサが一家に寄り添って写ってる。
それがたまたま会社の社内報に
家族写真としても掲載されたため、会社で評判に。
で、結局毎年、マーサが出かけて
家族写真に参加することになったり……。


無論、悪事も相当なものがと思うのだが、
苦情はきたことがない。
マーサが、〇〇さんちの盆栽鉢を4個も割った、
△△さんちの芝生のど真ん中にデッカイデッカイ大穴を掘った……
等々の報告は小さな子供たち。
これは、いかんと菓子折り持って謝りに出かけると、
「いや、壊してない、お宅の犬は悪いことはしない」と盆栽の主が言い張る。

遊びに来てくれるので、楽しみにしている……
そんな返事をもらった。
狐につままれたみたいな顔をして戻るのだが、
わん君、やりたい放題、幸せだったのだろう。
2019-4-9ずぼら犬B.jpg

そちこちのお宅で飼犬みたいなものに
なっていたのかもしれない。


結局20年30年を町でゴロゴロ、
大型犬は散歩が大変と言うが、
我が家の場合は、自発的散歩とでもいうのだろうか、
思えばまことにラクチンであった。


posted by あがわい at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月03日

『豚=0』2019年夏、舞踏公演!!

イガイガボン・シリーズ『豚=0 博徒の論理』が2019年夏、舞踏化!
東雲舞踏『豚=0』_表.jpg東雲舞踏『豚=0』_裏.jpg


演ずるは舞踏団「東雲舞踏」
https://shinonomebutoh.jp/


東雲舞踏、川本は『豚=0』のタイトル、また挿絵から舞踏化を構想。
阿賀猥 詩編「豚思考」挿絵、特に空飛ぶ乳が垂れている女性の絵こそが重要なモチーフだと着想を得る。
豚志向_魚女.jpg


『豚志向』   阿賀猥

問題は、冷房。
冷房は きいていないと いけない。
そこで、豚女が登場する。
いかにも 涼しげな服を着た
豊満な女の 肉体
その肉が、服の下で、
タプタプ 揺れているのは
想像するだけでも 楽しい。
豚のような女がいい
豚は好きか?
と いえば、その通りだ。
豚肉もいい、
非常に好きだ。



豚は人間が作った自然界のものではない。
花札では動物の絵札に入ることもできず、1番弱い数字、ゼロ。という扱われ方である。
そういう我々も、社会に対し、どうあがいても太刀打ちできない、ゼロの存在である。
社会に対する批判と反した、ユーモアと色気のある挿絵のように、表面には現れない複雑な心情を表したいと川本談。



東雲舞踏 舞踏公演『豚=0』

おいちょかぶでは、豚=0、一番弱い数字、自然の動物ではない、人間に飼われて食われるだけ
栗本榮子


出演:
  東城真紀
  加藤みのり
  川本裕子

演出・振付: 川本裕子
音楽: 諏訪創
美術: 大野洋平
音響: 浜中則江

原作: 阿賀猥

宣伝写真: 大洞博靖
宣伝デザイン: もも色の蛤

企画・制作: 東雲舞踏



日時:
2019年8月
 5日(月) 開演19:30
 6日(火) 開演14:00|19:00
(開場/ 開演30分前)


チケット:
 前売3,000円
 当日3,500円
(全席自由)
 チケット予約:https://torioki.confetti-web.com/form/773


会場:
d-倉庫
http://www.d-1986.com/index_d.html

116-0014
東京都荒川区東日暮里 6-19-7 2F
Tel.03-5811-5399

日暮里駅ーd-倉庫ルート



日暮里駅 南口徒歩7分(専用駐車場はありません)
[山手線 京浜東北線 常磐線 京成線 日暮里・舎人ライナー]



東雲舞踏とは

2000年、川本を中心に「和栗由紀夫+好善社」出身のメンバーで結成。
―東雲とは、夜明け前、東の空が刻々と色を変えて行く様を指す―
舞踏の可能性と多様性を追求した創造活動の他、コラボレーションやフェスティバルのオーガナイズなども積極的に行う。
東南アジアにおける舞踏の普及活動「Asia Butoh Tree Project」は高く評価されている。

代表作
 『星屑のぴかル森』(2012年〜2015年、4ヵ国7都市公演)
 『ささらもさら』(2016年〜2018年、4ヵ国6都市公演)など。

<今後の活動予定>
 Asia Butoh Tree舞踏キャンプ in 秋田(9月)
 『Quiet House』@シアターχ(12月16〜17日)
 Asia Butoh Tree舞踏キャンプ in チェンマイ(2020年1月)




お問い合わせ・東雲舞踏
Tel.03-6458-5908
E-Mail

Shinonome Butoh 5-6,08,2019


どうぞ、お楽しみに!!!
posted by あがわい at 21:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

3・12 育児犬ベンジャミン

救助犬とは知らず、
ただもう育児犬と見て
すっかり頼ることになったのだが、
これはもう不思議、
信じ難いまでになまでに一変した。

親ゆずりか?
ちょっと見かけはかわいい、
お人形さんみたいと、うっとりのカンバセながら、
その実体は尋常ではない、年柄年中救急車、
顔面だけでも17針の継ぎ接ぎ手術、
朝から晩までくんずほぐれつ大暴れの子供たちが一変した。

喧嘩というものをしなくなったのだ。
兄弟喧嘩だけではない、
近場の子供たちも同じ。

たとえば末っ子の場合、
まさに朝から晩までというくらいに、
連日、我が家の庭に
3才前後の子供たちが、集まって暮らしていたのだが、
どういうわけか泣いたりもしない、
喧嘩もしない。
で、真ん中にベンジャミン。

れっきとしたセントバーナード犬雄犬だが
母親役、かれが子供たちの真ん中にいて、
たいていは、首に花輪巻き付けられたりして座っていて、
そのスタイルで世界は不思議と静穏に
緩やかに、展開されていたのだ……

3-12_ベンジャミン 3カ月.jpg

そこでは何事も起こらない。
危険なこと、不幸な事はおこらないのである。
いったいママゴトでもしていたのだろうか?

大型犬は飼育が簡単ではないとの評判もあり、
ぞろぞろ子供を引き連れて、
大犬まで飼うとなると
ちと頭おかしいと思われたりだったが、
じつは大犬のお陰で私は母親業務は卒業、
すっかりめでたく解放されたのであった。

3-12_ベンジャミン 1歳.jpg

つまり、
4人が4人とも保育園、
幼稚園にいかずじまい、
安上がりでもあったわけで、
ともかく私は並外れた、まさに人間離れした
聖人君子のごとき犬をキャッチ。
育児をお任せするという幸運を掴んだのだ。


posted by あがわい at 00:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月01日

3・1 名犬バリー

我が家の育児犬との初対面はデパートのワン君売場から。
育児犬としてチョコンと座っていたのがセントバーナード犬との始まり。

生後4か月くらいか?
こんな子犬が育児?とクビをかしげたが、
ともかくも我が家の悪ガキは尋常ではない。
悪ガキどもの相手をしてくれるというのか?
本当なら願ってもない朗報、と早速に購入を決意。
木更津市のブリーダー、下村さん宅で生まれたという子犬を見に行った。

生まれたのは9匹。
全員ならんでチョコチョコお出まし。
一番最後にいかにも、恥ずかしそうに
こっそり現れたワン君に人目惚れ。

ベンジャミン・フランクリンにちなんで
ベンと名付けセントバーナード犬との毎日が始まった。

あっという間にムクムク、ムクムク、
やたらにデカくなったのには驚いたのだが、まさに育児上手。
我が家の子供だけでなく、
ご近所さんの子供たちまで一括育児……とただただ育児専科であったが、
その元々の本職は遭難救助犬であったと後になって知った。


バリー_002.png


首に結わえたのは酒樽。
樽の中はラム酒とかブランデー。
雪山で凍死寸前の旅人は
これを飲んで息を吹き返すのだ。

セントバーナードの名前の由来は
標高2500mのスイスの高山に建つ
セントバーナード寺院から。

この寺院では1000年もの間、
峠を越える旅人のために食事とベッドを提供、
2000人以上の人々の命を救ってきたそうだ。

旅人の大半は重い荷を背負った行商人たち。
雪の中から彼らを見つけだすのは至難のこと。
17世紀頃から遭難者救出に犬たちが使われるようになった。

中でも有名なのはバリー。
41人もの命を救ったとされる。

亡くなったのは1814年、13歳で亡くなった。

遭難者を発見、かけつけるバリーを
狼とまちがえた遭難者の銃弾に倒れた……との話もあるが、
イヤイヤ老いてからは施設に休養して長生きした、という説もある。


バリー_001.jpg


我が家のフクちゃんもモニーも
すべてこのバリーの子孫か。

となると育児というよりは、
親代々の救助犬としての職務で
子供たちの面倒をみていたのかもしれない。

ともかくベンといる場合は万事安心、
すっとり子供のことは忘れていられた。

よその子供たちも同じ。
まだ幼稚園にも入れない3歳や4歳だから
普通なら結構手もかかるだろうが、
ベンが来てからは全く手間いらず。

親の私も子供とはほとんど接触なし。
彼らは彼らでうまくやっていたようだ。
posted by あがわい at 22:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月23日

2・23 マシュマロ・モニー

我が家は夏場は遠く北軽井沢に移動。
仕事も高原での作業となる。

それというのも、ワン君のため。
我が家のワン君は歴代同じセントバーナード犬。
千葉の暑さを生き抜くのが難しいのだ。
大事をとって移動、そのためか大型犬は短命という通説を打ち破り、珍しいまでの長命。
専門ブリーダーさんに羨ましがられたり……。

ところがその年まだまだ暑い9月、
留守のはずの我が家にワンボックスが留まっていたというのだ。
そこで見つけたのがこのタオル。なぜ?

東電タオル.jpg

その当時の我が家の番犬はモニー。
聡明な上に美形。評判のアイドル犬。
もしこの時、この不審車を突き止めておけば、
彼の命を守れたのではないだろうか?

あまりにも穏和、決して痛みを訴えることなく、
ただただ途方に暮れて、私を見つめていたモニー。
わずか5歳での病死。
毒物摂取、毒殺の可能性を獣医師は示唆。
だが、それは信じられないことだった。

あんなにも優しい、人思いのモニーが
そんな不幸な死に方をするはずがない。
誰からも愛され、誰をも愛したモニーがそんな残酷な死に方をするはずがない。


マシュマロモニー001.jpg

マシュマロモニー002.jpg


写真は、まだまだそんな未来を知るはずもない小さな頃のモニー。

顔はパンダのような図柄だけれど、
全体はふんわり、くんにゃり、柔らか。
まるでマシュマロ君。
ガツンとデカいパンダの赤ちゃんよりもぐっと優しい。

優しいだけじゃない。
こんなにフワフワしたままに、しっかり子供たちを育て、
家族の世話もする頼もしい看護犬になってくれるのだ。
posted by あがわい at 23:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

2・22 フクちゃん

ここ富津市に越してきて10年くらいか?
「市」とはいうものの、本当に小さな港町。

ちょっと山に入れば、昔ながらの、その昔といっても
室町時代?戦国時代?とでも錯覚しそうな、風景が広がる。
と思っていたら、まさにその通り。

映画「カムイ外伝」をみていたら、
わが家の界わいの風景が広がって忍者姿の松山ケンイチさんや、
小雪さんが登場、本当にびっくりした。

後で聞いたら、
ごく近くに作者、白土三平さんの仕事場もあって、
ここで想をねられた由、
皆は白土さんのことを漁師さんと思っていたとか。

食べ物は美味しいし、海水浴は徒歩5分で便利だし、
こんな良いところはないと思っていたら……



数十回を越えるのではないか?
盗難が凄い。
一瞬の隙をついて泥ちゃん侵入、
とにかくオビタダシいものが盗まれてしまった。

ひょっとして昔の忍者の子孫なのかな?
カッコイイ沢山の刑事さんにもお世話になってしまった。

昨年には、連日の盗難と何者かの侵入痕跡。
たまたま来あわせた刑事さんの目前で、
今度は我が家のワン君、フクちゃんが急死、4月29日のことだ。

5歳。
ちょっと間抜けだけれど、その分、やたらと元気で、
前日には早々海水浴を楽しんだばかりのフクちゃん。

毒殺?

狙ったのは犬?
ではなく飼い主?
飼い主の私?


犯人には、いくつかの忘れもの物がある。
これはずっと以前、まだまだ暑い日々が続いていた秋の日の忘れの物。
よほど暑かったのか、タオル。


東電タオル.jpg


連日の泥棒には
なぜか、冷蔵庫を漁った痕跡があった。
毎朝、前の晩に野菜ジュースを作って飲むのがワン君と私の日課。

これだけでは、ワン君にはおいしくないので、
朝ミルクで割って飲むのだ。
たまたま、その2、3日はワン君だけが、私の分までガブ飲み。

posted by あがわい at 22:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月04日

イガイガランド便り/9月3日

先週は熊の肉を食べた。
脊髄部分、おいしかった。
近くの罠にかかった熊ちゃんらしい。

今日はイノシシ。
これも猟師さんからのプレゼント。
大きな骨は犬のミーシャ。
私はレバーとか。

豚の親戚だけれど、イノシシな豚より美味しい。

こんなもの食べてるからか、猟師さんはやたら力持ち。バテない。



posted by あがわい at 21:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

イガイガランド便り/9月2日

長ネギを買いに行ったがどこにもない。
5時間放浪、でもない。
がっかり。

帰りはふらふらになってタイ料理店に倒れ込む。
ここで、とても代わった料理、でも美味しい。



posted by あがわい at 21:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

批評?その2

詩学「論点」は編集担当の篠原さんからの依頼。
嵯峨信之氏は詩については
当初から意見が合わないまま、新宿での詩学主宰の合評会では、
散々な酷評だった私をなぜ篠原氏は起用されたのか?
ついうっかり知らないままの起用だったのかもしれない。

論点では、詩誌掲載の詩編だけを扱った。
詩学から送られて来る詩誌を片っ端から眺めて、
2,3編を選んで、400字詰めで20枚近い原稿を書いた。
たまに室生犀星など有名詩人の詩編にも遭遇したが、
これはパッと見て分かる。謎がない、ピッピと語りかけてくる……
いちいち私が解説しなくとも誰にも分かるわけで、
原稿では取り上げなかった。
取り上げる必要はないと思った。

たまに詩集の中からとりあげたものもある、
タイトルも素晴らしかった。
瞠目の傑作と思った。
だが、普通では解釈できないだろう。
岸田劉生の絵が起点になっていたからだ、
それも有名な「麗子像」ではなく「切り通し」。
鎌倉に当時は実在した切り通しで扇が谷から、
八幡様に行く途中にあった実在の切り通しを
岸田が何枚も描いている。

詩はその切り通しの前で、
精神科の医師と作者が話し込んでいるという詩。
たしか
「日、月、星、ホイ、ホイ、ホイ」といったタイトルではなかったか?

特に劉生の絵との注があるわけではないので、普通では分からない、
だが、なんとも雄大な時と
その時というものの過激さを念頭に置いた、
痛切な詩編、忘れられない。

作者が有るとき一番の思い出はなにかと忘年会で聞かれた時、
「阿賀さんに”日、月、星……”の詩評を書いてもらったこと」
と言われたそうだ、

もの凄い面白さと荒川洋治氏に紹介されたのが、村尾輝子さん。
当時すでに65,6歳ではなかったか?
ガラッパチのお婆ちゃん。
ほんと面白い、楽しい、愉快……でもなぜか、ちっとわからない。

沢山の詩稿をいただいて、
「金のなる木」を自分の出版社で刊行までしたのだが、分からなかった。
亡くなられて、ご家族のことも知った。
昭和を牽引した最優秀のご一族の出身。
ハハア、身分違いで分からなかったか?とか思ったりする。

この方とあと池井昌樹氏は、2か月連続で書いた。
お二人とも10枚かそこらでは、分からなかったせいだ。
池井詩編の場合は雑誌掲載の一篇の詩が気になり、
作者の七月堂で出したという第一詩集を全文コピーしてもらった。
これが素晴らしかった。

その後にはこれに匹敵する詩集を出しておられないのではないか?
なんと言っても第一詩集が一番だった。
が、これは刊行当時は注目されなかったらしい。
版元の木村氏から
「池井作品が阿賀さんによって初めて解読されました」とお手紙いただいた。

思うに、注目されない、酷評される……とはなんなのか?
読者に理解力がないということではないのか?
作品の優劣とは別である。
理解されないほど卓越した詩編、
あまりに高度な詩編であったかもしれないのだ。
だがあまりに酷評されると
がっかりして詩原稿もほっぽってしまう、
捨ててしまったり……
いや待てよ、これに似た詩編をかつて書いた記憶があると
探しても後で探しても出てこなかったり……。

私の場合、詩学で酷評の詩編がそれ。
奇妙な詩編だったが、類似のものが、書けないのだ。
不可思議な詩編、上げ蓋を上げて家屋の地下に降りて行く……
自身の全てを暗示していたように思うことがあるが、全容が思い出せない。

酷評されようが、
絶対捨てるな、めげるな、見捨てるな、
そこに本来の貴方がいると言いたい。
posted by あがわい at 21:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月16日

批評?その1

今回、新刊「民主主義の穴」を執筆、
舞台はロシア、英国、日本は鎌倉仏教と
時空を超えての多岐にわたって「穴」を探ってみた。

穴?
なぜか誰もが思いを馳せてこなかった局面、
普通には話題にはならない、忘れられた?
または忘れたふりをしなければならない、
やや危険な箇所をほじくったもの。

ところが、何人かの方が
詩論として読んで下さった由。
ちとびっくり。
詩を扱ったものは、10編のうち2編だけ。
ちょっと変わった不思議な詩を2編紹介したもの。

私はもともと詩の批評をしたことがない。
10年以上も前には、「詩学」の論点のコーナーを2年間以上続けて連載。
毎回長文で論じたのは確かだが、批評までは届かなかった。
解読がやっと、批評は出来なかったのだ。

ほほう、こういう意味であったのか、と
なんとか分かってから、腰を上げ、訳のわからなかった
幾つかの詩をしっかり分かるように解説を試みた。

となると、自然、ベタ褒め専科に終始、
悪いところはカットしているわけで、
今回の「民主主義の穴」の2編もそれ。
どうでもよい普通の詩なのに、
古今希なる大傑作との解説じゃありませんか?など、
一種、批判されたりした。

されど私は2編ともを
みごとな傑作詩編と思ったから取り上げたわけで、
だからこそ、1編の詩に数十枚の紙幅を使って
微に入り細に入り、飽きず、懲りず、しつこく……続けたのだ。

これは!と思う所だけそこにポイントを絞る、
欠陥は見ない、他に目をそらさない。
つまり長所だけを見る。それでなければ、
見えてこないものがあるからだ。

結局はそうこうするうちに、その詩から、
日本人の習性、今回の場合は、ロシアの深層心理学者、
シュピールラインを凌駕する日本女性の英知が、
ぎらり光芒を発しながら見えてくる。

ついでに親戚の誰彼さん、
ただのショボイオバサンと思っていた
義姉たちの凄味までが、見えて来たりもする……。

20世紀の悲劇を解明するともされる
優秀、卓越したシュピールラインだが
共産主義という理念の穴にとらわれ
不幸の極致へと驀進、
最期はナチズムの狂気の穴に沈んでしまった。

私たちは、一見ショボいながら、
そうそう簡単ではないオバサン力で、
穴をよけて行けるのかどうか。
あるいは穴からはいあがる事が出きるのかどうか。
posted by あがわい at 22:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする