2017年06月17日

5・31「詩の虚言朗読会・最終回」

「詩の虚言朗読会」は
主宰者、山岡遊が故郷の高知への帰還のため最終回となった。

会場は、埼玉県与野市と遠隔地ながら
毎回沢山の入場者を集め、
山岡氏らしい独特の構成で盛り上がった。
終演を惜しむ人も多い。

まず山岡氏の提案で集まったのが
杉本真維子さんと私の3名。

新宿駅近くのやたら賑わう小さな店で
マッコリを飲みながら山岡氏の怪気炎を眺めた。

山岡氏は、加藤温子さんの紹介。
どういう事件だったのか、詳しくは忘れてしまったのだけれど、
山岡氏が清水旭と大喧嘩、
ついては貴女の所にも山岡非難の声が届くだろうが、彼は正しい。
ついでに言えば、彼はいつも正しい、絶対に正しい……

という極めて長い電話であった。

高円寺界隈の自転車置き場で二人は喧嘩したらしい。
清水氏はチョコチョコ悪事をやる人で、
実は私も便乗したこともある悪事好き。
ただ清水氏は逃げ足が遅い。
悪事がたちまち露見してアタフタ、逃げずに逃げられず……であった。
私も助ければいいものをそれはせず……
苦労する清水氏を遠望して、ま、喜ぶといったタチの悪さであった。

さて最終回、
イガイガボンからの出し物は「大菩薩峠」。
従来、机竜之介は
長身痩躯も頑健男、十亀脩之介が演じていたが
十亀氏が海外公演のため、渡辺剛己氏に来ていただいた。

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渡辺氏は写真のとおり、ずんぐりむっくりで、
いかにも不似合いと不安であったのが、予想外の圧倒的な名演で驚いた。

音響を最大限にアップ。
徹底的に過激に踊りまくって唖然。
独自に詩編を解釈したわけで、こういう解釈もあったのか、と驚いた。

元々は中本道代さんの「大菩薩峠考」という評論が起点での詩編。
自作ながらこの詩編を私自身は理解できていなかったわけで、
最初の初演の時に中本道代さんから注意を受けたもの。

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希代の不死身の殺人鬼、机竜之介の事、
いくらでも切り口はあるのだろうが、
結局はこれは過激な愛の詩編、
竜之介の「愛」を抽出したものだったのではなかったか?と
遅ればせながら気づかされた。渡辺氏のおかげである。

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渡辺氏は元々は舞踏家というよりは役者。
万有引力の舞台監督も経験というので、
ひょっとして寺山修司的な解釈だったのだろうか?

次に上演した「変形型天虫恋模様」
これは恋愛痴情殺傷事件。

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作詩は「大菩薩峠」と同時期。
こちらは強力な、いわば八百屋お七タイプの女性を
舞踏家、安田理恵氏に熱演していただいた。

双方ともが、一切の観念、理念、イデオロギー抜きの
猥雑な江戸時代後半が舞台に
ひたすら「愛」また「生命」の核へと驀進する世界なわけで、
なぜとなく大菩薩峠作者、中里介山をかいま見たような気がした。

最後は同じく中里介山「大菩薩峠」ファンの井川博年氏の賞賛をいただいて幕。

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山岡氏の年間の朗読会の熱誠を称えて、ここに熱く感謝したい。

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なお、
現在、山岡遊氏は下記住所に居住。
元気に張り切っているようだ。

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posted by あがわい at 09:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

最終回・虚言朗読会『背走する太鼓』告知

2017-4_朗読会「背走する太鼓」.jpg

2017年、
最終回・詩の虚言朗読会
『背走する太鼓』

のお知らせです。


出演
阿賀猥
杉本真維子
山岡遊
X(謎の詩人?)

オープンマイク大歓迎!!
 
 
開催日時
2017年4月1日(土)
午後6時・開演


会費
2000円(1ドリンク付き)

 
会場
カフェ・ギャラリー・シャイン(Webサイト)
〒330-0071 さいたま市浦和区上木崎1-9-20
Tel 048-833-1045
 
京浜東北線・与野駅(Googleマップ)

ライブ会場としても40年の歴史を持つ、老舗カフェです。
ロータリーのある西口から出ていただき、
駅沿いに左へ進むと、右手にレンガ造りの建物がございます。
「SHINE(シャイン)」の看板が目印です。
徒歩30秒程度の距離です。
 
武蔵野線でお越しの際は「南浦和」から
京浜東北線(浦和・さいたま新都心・大宮方面)にお乗り換えください。


ご来場、心からお待ちしております!
 

連絡先
彩の国夢探偵団・山岡
(携帯)080-5060-2529
(自宅)048-822-2529





posted by あがわい at 22:34| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎5

「現代詩」は難解と言われる。
よほどに感性の研ぎ澄まされた人、
あるいは学殖豊かなし知性がなければ
読み解けなくなってしまった。

また、そういう詩でなければ、
良い詩、優れた詩とは見なされなくなってしまった。
でもこれはひょっとして「嘘」のせいではないか?
「難解」は嵯峨信之に言う「嘘の傘」ではないか?

真実の自分、実際の自分は、
なんとも無様な生き物、
情けない魂いしか持たないもの、
人前に出せたものではない。

それを隠蔽しようとして、
そういう自身を守ろうとして、
幾重にも嘘を塗り固めて……
こうして、いつか事実からは離れ、
事実からもほど遠くなり、
かくして元々の中身がなんだったのか
分からなくなってしまった、
解きがたい難解なものになってしまった。
……こういうナリユキではなかったのか?


文学の目的として、
真実追求のため、
あるいは本当の自分を探すため文学をする、
こう言う人が多い。
だが本当の自分など、誰だって知っているもの、
知らないはずがない。
真実も同じ、よくよく知っているのだ。

何とも無能でしょうもない自分を、
いまさら探してどうなるものでもない。
八方塞がり、どうみても未来の閉ざされたままに、
真実を追求したところで、今更運命が開けるはずがない。

自身とは異質の「嘘」の自分を
つくりだそうというのではないか?
あるいは事実とは違う嘘の現実を
新たに作り出そうとしいているのではないか?

そこで輝かしく、
あるいは美しく健やかに、
羽ばたこうというのではないか?

このように嘘は重宝なものである。
日常に便宜と幸福をも呼び込んだりもする。
こうしていつの間にか嘘は膨張し、
拡大して、知らぬ間に私たちの多くにしみ入って、
嘘が多勢を占めるようになってしまったりする。

多勢の「嘘」は、ひたすら自身を膨張、
そうでないもの、嘘ではないものを、
大手を振って見下して、
追い詰め、排除してていく……

たまの嘘はいい。
だが、嘘が真実、事実を
排撃するまでに強力となると、どうなるのか?

これは厄介だ。
どう見ても見良いものではない。
いい歳こいで今更お手て洗っても、
さんざ汚れてしまったお手ては奇麗にはなれない。
ド汚い手を振りかざしてチンとお澄まし、
きれいごとを言うなんて、笑いものにしかなれないだろう。

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人格者

私は人格者というものを信じない。
そういう性向は元々人という
種族にはあり得ないものである。
「人格者」とは、非科学的、無知蒙昧、
鈍感が生み出した恥知らずの妄想でしかないだろう。

私たちは皆、あの悪賢く小汚い猿の末裔である。
この事実は動かない。真実は変えられない。
血も争えない。
一皮めくれば、すぐこのエテ公が首を出す。
嘘で隠しても無駄、
バカバカしい努力はすべきではないと思う。


嵯峨氏は私の恩師である。
特に私生活では要所要所、
かけがえのない忠告と指導をいただいてきた。
氏の忠告に従って危機を脱したことさえある。

私の諸々の論を愛読いただき、
特にエッセイ集「不まじめな神々」には、
きわめて感動され、
延々便せん10枚の感想をいただいた。

それながらさりながら今になって、
ペラペラペラペラと恩知らずなことばかり、
何をほざくかと、さぞやあの世でお怒りと思うが、
しかし私たち、嵯峨氏と私は、
こういう形でせっせと往来して来たのである。

それが嵯峨氏と私との形であった。
嵯峨氏も親友阿賀猥に再会、
怒りながらも満足のはずである。



posted by あがわい at 23:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎4

ところでお手て手洗って嵯峨信之、
さて何が残ったのか?

「嘘」である。

人格者という「嘘」、
それだけが残ったのだ。
以下は最後の絶筆「小詩無辺」の冒頭を飾る一遍。





井戸端に咲き乱れている山吹の花に
太陽が火を放つ
だれの嘘よりも
もっと見事な黄金色の大きな嘘のように




医学でも科学でも嘘は禁物である。
何より真実事実を優先する、
そうでなければ患者は死んでしまうし、
工場は爆発してしまう。
嘘は厳禁中の厳禁である。

だが嵯峨信之は違う、
詩は嘘、嘘でいいとしておられた。
いや、詩こそは嘘を書くべき、と
しておられたのではないか?

キンキラキンの輝く太陽のような
大嘘を作って真実を隠してしまえと、
そう書いておられるではないか!?
この他にもう1つ「嘘」に触れた詩がある



嘘の傘

どこまでいっても1つの言葉にたどりつけない
言葉は人間からはなれたがる

水のような
こうもりの翼のような言葉は
魂いにさしかけている嘘の傘ではないか




「嘘」を書いた二つめの詩。
小さな詩集の中に2つもの「嘘」である。
これほど嘘に固執した詩人はいないのではないか?
これほどまじめに「嘘」に人生を
賭けた男もいないのではないか?

氏はひたすら「嘘」を書かれたのか。
そのひたすらの嘘で、自身のか弱い
「魂い」を守ろうとされたのだろうか。

氏はその詩の静謐と清明で
大量の読者を持つ大家である、
延々と詩誌「詩学」を発行、
戦後日本詩壇を牽引してきた方である。

多くの詩人が直接間接に
嵯峨詩編の傘のなかで詩を書いている。
つまり「嘘」をその内部に隠し持つ。

なるほど見事な詩編が多い。
嵯峨氏のように人格者風で、
しかも嵯峨氏のように
誰彼に嫌われないよう、用心深い詩が多い。

私に言わせれば、これはひたすらの嘘。
ただの嘘、嘘だらけである。
もし嘘でなければ、どうなるのか?
こと、詩の世界では、たちまち失格となる。
つまりこの世界、嘘でないものは、失格するのである。



posted by あがわい at 22:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎3

さて、問題は嵯峨詩篇のひたすら誠実、
しずやかなる温順である、
どこでこの「悪」、つまりは「平和の悪」に繋がるのか。
どこで反軍部、無頼の日々につながるのか?

嵯峨氏と新宿、横断歩道を渡っている、
ちょうど中程で、その話になった。

「まあ、3回も奥さんをとっ替えるなんて放蕩、
 私の親戚には一人もおりませんよ。
 私のような真面目一方の人間を前に、
 よくもまあヌケヌケと大きな顔をさらせますね」

と言ったのに反発、真っ赤になって
なにやら叫ばれ唸り出されて、
場所が場所だけに車の行列、
とんでもないことになってしまった。

離婚はそうそう簡単には行かないはずだ。
「ああそうですか、ではあなた出て行きますか。
 引っ越しはヤマト便にしますか、それともアリさんマーク?」
とかこう手早くは進まない。

「このやろう。バカやろう」
「何を、このスケベジジイ」と皿投げたり、
茶碗、割ったり……の一悶着二悶着があったはず。
なぜ、嵯峨詩編にはそれが登場しないのか?


『詩と思想』の討論で
東映社長岡田裕介を招いて、
嵯峨氏と中本道代氏など女性詩人とで、
映画のあれこれを喋り合ったことがある。
一心不乱、ガンガンに喋りまくったのは嵯峨氏。

嵯峨氏の話はマーロン・ブランドの背徳映画、
「ラスト・タンゴ・イン・パリ」、それ一本。
よほど気に入られたのだろう。こればっか。

若い娘と年寄り男の性愛専科。
二人しか出てこない。
一切悩まず、ひたすら背徳専科、性愛オンリー。
他はゼロ。ベルトリッチ監督の異色作品だ。

一切悩まず……というあたりは、まさに谷崎流。
そうか、久方ぶりに谷崎兄貴に再会されたんだな
と思ったのだが、結局はこれで盛り上がって、
討論は背徳一色、楽しくにぎやかに終了した。

ところが、である。
いよいよ編集完了、
雑誌出来上がりで、開けてみて驚いた。
すっかり背徳が抜けていたのだ。

「ラスト・タンゴ・イン・パリ」の
「ラ」の字一つ出て来ないのだ。
討論掲載というのいったん逐一抜かさず記録したものを、
発言者がそれぞれに点検補正するのだが、
嵯峨信之氏、自身の発言から背徳関連の
一切を抜いてしまったのだ。

つまり発言のあらかた抜いてしまったのだ。
となると、会話の相手の方の発言も、
全部カット抹殺されてしまう。
誠に迷惑な話なのだ。

かくて皆してお手て洗って行儀良く……となったわけだが、
小学生ならともかく、
妙齢の大人がこれをやって見良いものではない。
バカバカしいまでの腑抜け紙面に驚いてしまった。
まことに人格者とは困ったもの、と
つくづく思い知った一幕であった。





posted by あがわい at 22:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎2

95歳、死の直前まで詩人としても
また詩集出版社「詩学」の
経営者としても辣腕を揮った方、
様々な逸話が沢山の方々に語られているが、
今回は誰にも語られていない、
自身も決して漏らされることのなかった
氏の女性遍歴の1コマを、書いておきたい。

というのも
あまりにたびたびその話をされたからだ。
書き残して欲しいということでもあったのではないか?
放校処分を受けて氏は上京され、
芝の高輪高等学校に転入されたが、ここも中退。
21歳で当時は発足間もない文藝春秋社に入社、
菊池寛に従って若手作家の育成に驀進された。

「これからは宣伝の時代だ。
 ガンガン写真をとって
 まずお前たちを有名にしたい」
 
菊池寛が、ある日、集まった新進作家たちの前に、
カメラマンを引き連れてきて、こうのたまうと、
芥川竜之介が興奮、突然下駄のままで
近くの松の木に、駆け上って
「さあ、撮れ、今、俺をとれ!」と叫んだ………。

菊池寛と打って一丸となって進んだ
当時の勇ましい文人たちの話も面白いが、
なんといっても傑作は嵯峨氏の兄貴分、谷崎潤一郎。
谷崎とのなんとも不可解、
奇妙かつ驚くべき背徳話も披露しておきたい。


時は大東亜戦争ただ一色。
皆マジメに銃後の守りに専心していた頃の話。
谷崎とその一派は、マジメになるどころか、
夜の町に繰り出し、まさに無頼の集団として、
フマジメに精出していたのはつとに名高いが、
その仲間の一人が嵯峨信之氏。
夜な夜なのある一夜、彼に潤一郎が頼み込んだ。

「もう何日も家に帰っていない。
 今日も帰れない、かわりに君、
 俺の家に行ってきてくれないか?
 当人には前々から言ってあるので、大丈夫だ」

深夜、嵯峨信之、
何はともあれ、谷崎家にはいると
お膳に夕飯も置いて、箸まで添えてある。

ひとます食事を終えて、さてどこに寝るのか?
と隣室を開けると、蚊帳が一つ吊ってあって、
さあ、寝て下さいとばかりに、布団も敷いてある。

で、これ幸いに寝入った……となりそうだが、
そうは簡単ではなかった。

蚊帳の中には、もう一組の布団があり、
夫人が眠っておられたのだ。
「これはいったいどういうことなのか?」
おまえの嫁にどうか、とうことなのか、
蚊帳の前で座り込んでしまった……。


それからどうなった?と
聞いて欲しいのかとも思ったが、
そうはさせじと何故か、私は知らんぷり。
その続きは知らないのだが、
道徳無視、良識常識は足下に蹴落とす
傲岸不遜の文人谷崎潤一郎の真骨頂、ここにあり、
と私は谷崎の方にいたく感心した。

目下は、世をあげて平和主義、
再軍備反対、軍人真っ平であるが、
なんだかんだとはいえ軍人は我が命を捨てても
国を守る正義の固まりである。
それを義務づけられている。
人に好かれないはずがない。

2・26事件にしろ、映画となると、
軍人側つまり若手将校たちは皆りりしく美形。
まさに善玉のカタマリとして描かれる。
逆に殺される側は年寄り。
それもいかにもパッとしない、
ちと悪っぽい俳優が登場する。
どう見ても悪玉である。

当時の平和主義、つまり谷崎、嵯峨らの反軍メンバー、
自由主義者たちはもこうだったのではないか?

軍人の逆。
ガリガリの強欲、反道徳、乱脈の性、家族崩壊……
悪しきことのモロモロとされていたのではなかったか?

平和は難しい。
じきにこうなってしまうが、おそらくは当時も同じ。
平和の言葉は良さげだが、中身はナカナカである。
突き進むと腐敗へと悪へと繋がってしまう。




posted by あがわい at 22:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

嵯峨信之と嘘と谷崎潤一郎1

編集部からもう1つ書けとの仰せ。
今回は、本校出身の先輩、
詩人・嵯峨信之氏を紹介したい。

本名は大草実。
1997年に95歳で死去された。
宮中時代、軍事教練の教官と衝突、放校処分。
卒業はされていないので、
卒業生名簿には記載されていないかと思われるが、
生粋の宮崎生まれ、宮崎育ち。
宮中つまり私たちの大宮高校に在籍された先輩である。
宮崎を舞台とした珠玉の詩集を数多く残されている。


私は40代で詩作を開始したが、
初めて訪ねたのが、当時
この嵯峨信之氏が新宿で
開いておられた「詩学セミナー」

それぞれが持ち寄った自作詩編を
嵯峨氏ほか3人の講師が批評をいうもので、
私はサンザクサされて不快この上もなかったが、
月謝が¥500だったか超安価であったので、
ぐっと我慢で通い続け、ついには
嵯峨氏とは昵懇の喧嘩友達となってしまった。

極めて高名かつ「人格者」の氏をいじめるとあって
私も悪い評判をとってしまったのだが、
意外にも様々の接点もみつかり、驚いた。

たとえば宮中時代の氏の親友、長峰敬七氏が
同級、長峰由佑氏の叔父に当たる方であったり……とかだ。



初恋         嵯峨信之

――好きよといって
ぼくの小さな肩にやさしく顔をしずめた
<女は十六才、ぼくは十五才だった>

その夜台風と大津波に襲われてなにもかも一瞬に消え失せてしまった
砂村の家も小さな恋も時のすべても

夜半三九度の発熱にひとり耐えている
湖の上を
水鳥の群れが音もなく舞い下りはげしく羽搏いて舞い上がったり
している
どこかへフルートの音が消えていく

ラジオのスイッチを切る
不眠のままいつしか外が明るくなっている
七十年――白い水脈のように時の一すじがつづく




これは嵯峨信之氏の
最後の詩集「小詩無辺」から。

15歳と16歳の嵐の一夜を活写、見事な詩編だろう。

結婚歴3回、
華やかな氏の女性遍歴の初陣を垣間見る1編でもある。
15歳だから、まだ宮中放校処分の前、
この彼女は宮崎の人か?
まさにセンダンは双葉よりカンバシと期待したいところだが、
その点では、ガックリくる。
女性遍歴を扱ったものは、これ以外はゼロなのだ。



posted by あがわい at 21:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

『谷絵 -谷敏行遺稿画集-』刊行。

お待たせしました。
『谷絵 -谷敏行遺稿画集-』刊行いたしました。


2011年準備開始、5年を経て完成。
書店ほか、アマゾン他、ネット書店で販売中です。
ぜひ、ご購入いただければ幸いです。

/////////////////////

この5年間は、まさに谷底を這い歩く毎日。
歩いても歩いても行き着くことが出来なかった。

問題は彼の絵もさることながら、
彼自身を把握出来ずにいた。

単純な男、簡単な画集になると踏んで出発。
しかし何度制作しても
谷敏行を掴めた実感が得られず中断、
途方に暮れていた。

単純に見えれば見えるほど、
内実は奥へ奥へ隠され、
見ることが出来なかった。

谷絵_複雑顔.jpg

これは画集未収録の谷絵。
モデルは誰かわからないが、
茫洋として掴みにくいところ、
おそらくこの辺りが谷敏行の実態ではないか?

次はごくごく単純顔。
実際の谷敏行はこれより丸顔、
ぽっちゃり顔だけれど、
日頃の表向きはこのタイプ。

叩いてもホコリも何も出てこないような
単純ペラペラ男という気がしていた。

谷絵_半分顔.jpg

ところがところが……
作曲も超奇天烈を絵画作成と同じく、
超スピーディ、長編舞台劇の背景音楽も
渋谷駅構内の小さなレストランでチョコチョコっとで完成。
何の支障もなく演奏可能で、
私も万事苦労なしの月日を過ごすことができた。

特に舞台俳優。
舞踏家 十亀脩之介と組んでの
「変形蟷螂型恋愛天虫色模様」
若旦那役はまさにハマり役で名演。

本人も何よりこれがご機嫌。
いよいよもうダメかとなると、
「しっかり治って、また若旦那役やるんだ」と耳元で叫ぶと、
急にしゃんとなって嬉しそうに頷いていた。

享年43歳、何とも残念な若死にである。
多芸多才、スサマジイまでの才能を
満載したままに死出の旅路についてしまった。

/////////////////////

彼を支えた、だめ連の皆さま。
自殺防止に彼の家の戸口を
たたき続けた職場の皆さま、ありがとうございました。

なんとか生の旅を終えることができました。




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2016年05月10日

醜悪な精神4「アドルフ、涙の主張」

SO WHAT 「アドルフの受難」.jpg

これは谷敏行の描くヒトラー像
「アドルフ、涙の主張」。
当社新刊、「谷絵」のなかのコラージュ作品。

ひたすら正義をこの世にあまねく
広めたいと必死のヒトラー像だが、
それというのも明恵様と同じ、
ただただ我が身は正義のカタマリ、
至純の人と信じこんでるいるゆえだろう。

そう信じたいならそれはそれでしょうがないとして、
その御姿となると、このあたりがピタリではないだろうか。

正義のひとの職務は悪漢退治。
バッタバッタと恐ろしい力で
悪漢を撃破しなければならないのだから、
たとえ自身では自覚しない場合でも
正義の方々はその裏側には
しっかりドカンとすざまじい攻撃力を
貯蔵しておられるはずで、
それ故の正義の主張のはず。

あまりに強力が過ぎて、
ついには辟易、逃げだす人々……と
正義感ヒトラーの凋落まで「谷絵」は書き込んでいるのだけれど、
ここまで来ると正義漢の真逆、
「悪人」も、案外な面もあるのではないか。

むしろ真逆の「悪」の方が、よかったり……なぞ、
フラチな思いが、ついフラフラと浮上したり……かくていよいよ、
法然の奇怪な論理、「悪人正機説」がお出ましとなるのである。




◆一言芳談

妄念をおこさずして往生せんと思わん人は
生まれつきの目鼻を取り捨てて
念仏申さんと思うがごとし
       (一言芳談)


法然の発言である。
強欲だの色欲だのの悪心、妄念を捨てて、
極楽往生を目指すというのは、
生まれつき持ってる自分の目や鼻カットして、
仕事に励むようなもの。
肝心なものがないからあまり効果はないんじゃないか?

こうつぶやかれたのだ。
奇怪といえば奇怪だけれど、
まことに鮮やか、見事なつぶやきではないか?

目や鼻は自分の中心部分。
妄念を法然は、そういうものとして
位置づけていたのである。

悪心邪心色欲強欲などなどの妄念、
これらは、人たる者の中心、
だから捨てることなどできない。
捨てた、というなら嘘である、
嘘からなにを生みだそうというのか?
こう疑惑されたのである。

今から700年前の東洋日本国に、
現代英国人リチャード・ドーキンスがタイム・ワープか?
恐るべき頭脳を想わざるを得ない。

千年万年、私たちは妄念を抱えて、
妄念のおかげで、生きてきた。
敵を攻略し、食い散らし……
かくして妄念遺伝子は脈々と生き続け……
これが生物の生き様である、
千年来、万年来の生き様を今更変えられない。
…………和洋折衷するとこうなる。

法然には著作は少ないが、
こいう発言の記録が沢山残されている。
おおむねかなり過激で面白い。

当時は仏僧は仏典の棒読みだけ。
その意味を噛み砕いて
解るように喋る僧はいなかったから、
よほど珍しかったのではないか?

人々は法然に集い、
その一言一句を書き付けては、
争ってその語録を読んでいたようで、
都大路を荷車引いてるばあさんが、
法然の言葉を書いた書き付けた紙切れを
道に落として右往左往探している記事も残っている。

問題は「正義のひと」である。

法然流でいうなら、
中心部分をすっぽり欠落させた人、
異様な欠陥人間ということになる。

無論、そんなおかしな人はいるはずがない、
お腹の中に、隠しているだけなのだ。
だが当人は気づかない。

なぜなら目がない、鼻がない、
……感知する器管をそぎ落として
しまっているから解らないのだ。

嘘つきではない、
明恵は、またヒトラーはわからなかったのだ。

一言芳談が、「生まれつきの目鼻」とした明察に
まずは、息を飲んでしまった。
感覚器官、
これを取り出したことにつくづくと感服してしまった。
(続く)




posted by あがわい at 22:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

醜悪な精神3「美しい精神」

◆明恵とヒトラー

京都栂尾高山寺
恋につかれた女が一人、
大島つむぎにつづれ帯が
影を落とした石だたみ
京都とがのお、高山寺
恋につかれた女が一人、

これは、かってヒット曲。
永六輔作詞「女ひとり」
ゆったり長閑な曲、
うっとりいい気分でつい口ずさんでしまう、
明恵のゆえか?

高山寺は、高僧明恵の寺。
高徳のホマレ、高きにも高く、
高山寺自体も標高はけっこうあるのに
それでも足りないとして、いちいち
裏山の木の上に座ってる絵図が残っている。

明恵.jpg

時は鎌倉、
名君、北条泰時制定の貞永式目は
明恵の影響下に作成されたとされる。
政治理念にまで採用された倫理思想を生み出した人物、
権勢と並びなく、かつ心優しい人としても
様々も逸話が残されている。

仏様を「お父さん」と呼び、
タツノオトシゴだか、小さい虫だとかまでかわいがっていたとか、
親鸞のように「女」に走ることもなく、
せいぜい飴桶を抱えて飴をなめる程度であったらしい。
安全無害、これぞ聖人正に善人タイプ。
誰もが100%好きになるタイプではないだろうか?

ここまでの清廉潔癖となる日本にはなかなかいない。
ヨーロッパまで目を向けて、
近くは、議会で99%という脅威的なまでの
信頼をキャッチしたヒトラーくらいか?

幼き日は無論のこと学生時代も同じ、
下宿先ではあまりの生真面目に周辺を驚かせていた。
女性といえば、ただ一人、母上だけ、
乳ガン死の母上を慟哭、
あまりの激しさに、医師は奇異な印象をうけたほどだ。
(ここに知られざるヒトラーの秘密が隠されているのだが)

さて、話は東洋日本国、
この優しいこの明恵が
法然に牙を剥いたのである、
まさに阿修羅のごとく、狂ったように
法然を罵倒しまくったのだ。

汝は即ち畜生のごとし、また是れ業障深重の人なり
『摧邪輪』

近代法滅の主、雅のこれ汝をもって張本となす
『摧邪輪荘厳記』

まず『摧邪輪』
翌年には『摧邪輪荘厳記』立て続けに2冊。
本タイトルは「サイジャリン」と読む。
「摧(ザイ)」が砕くという意味だから、邪悪を砕くという意味。

だがミイラ取りがミイラ、
むしろ書き手の明恵の邪悪がモロだしになってしまっている。

正に選択集の「内部と外相」である。
外側があまりに善良であるだけに、
明恵が内部に押し隠した諸々の邪悪、
攻撃心やら嫉妬やら、が凄まじいまでに極大化してして、
外側に暴発、法然に火となって噴出したかと思われる。



◆清浄心

法然罵倒が目的ながら、長々しい大冊、
それだけで埋まらないわけで、
法然拝む代わりにこれ拝めということか?
菩提心、これがポイント。

「浄らかな心もしくは煩悩にけがれていない心とは菩提心である」

摧邪輪で明恵はこう説明しているが、
清浄心とも言っている。
正義、良心の類か?

結局このあたりもヒトラーに通じていくわけで、
清廉だの正義あの、ひとりしっかり実践すればいいものを、
ヒトラーもまた、これがなにより大事と、がんがん演説、
大勢の人々を魅了してしまうのだ。

「普遍的正義」
これを正に力の限り喋りまくり、吠えまくり……
一時期にはドイツだけにとどまらず、
英国人やユダヤ人までファンは広がっていった。

正義の仕事は悪の征伐。
明恵の場合は「悪」は法然。
法然一人を攻撃すればよかったが、
ヒトラー場合は「悪」はユダヤ人。
ユダヤ人は数が多いので、大惨事となってしまった。

けれどそのもとは、正義、良心、清廉、清浄……なのだから、
ヒトラーを嫌うわけにはいかないのか、
どこまでもヒトラーを慕い続けて
どんづまり隠れ家の地下壕まで、
臣下は随行、恋人は共に自爆の道を歩んでしまう。
ヒトラー、ここまで真剣に愛された政治家はいないのではないか?

いったいナチ帝国とは何だったのか?
至純無垢な男が作った正義の国、
正確には、自分は至純無垢と確信する男、
作ろうとした理想の帝国ではなかったか?

そして思うのだが、ヒトラーと明恵、
双方、心のなかは正義だけ、
悪心はかけらも排除して生き続けた人、
行き続けたつもりの人ではなかったか。

そして思うに、だから思うに、
正義とは、また清浄とは
恐ろしいものはないのではないだろうか?
(続く)




posted by あがわい at 22:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする